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どうしてブラジルなのか

「どうして、ブラジルで書道を教えることになったのか」その経緯も、その意思決定も他の人にはとても不思議なようです。もし、自分は逆の立場でもきっと不思議に思うだろうな。

縁あって、ブラジルに住むこと3年半と、本帰国後に再び3ヶ月のブラジル滞在で合計3年と9ヶ月のブラジル生活でした。ブラジルで暮らし始めた頃の言葉の通じない不安さ、治安の悪さ、友達もいない、仕事もできない、そんなひどい孤独の中でただただできることは「ポルトガル語を勉強する」ことでした。言葉さえできたら、外へも行けて、そしてブラジルの人と交流ができる、自分の身の安全のためにもなる。

言葉の習得は、外を走り回るための運動靴のようなものでした。覚えれば覚えるほど、安全に遠くまで、そして自由動けるようになりました。そこで、たくさんのブラジル人と話をして、日本の友達と同じくらい深い話ができる友達もできました。そんな中で、交流を深めるのに役に立ったのが書道でした。

ブラジルの人は、日本人が思うよりもずっと日本のことを知っていて身近に感じています。お恥ずかしい話、私はブラジルではポルトガル語を話す、と言うことすら知りませんでした。ブラジルには日本人移民の2世、3世がたくさんいて片言でも日本語が話せたり、日系人の友達がいて日本に習慣を多少なりとも馴染みのある人たちが多いのです。タクシーの運転手さんやガソリンスタンド、スーパーなどで私が日本人と見ると、「僕日本語、少し話せるよ」と話しかけられて、初めのうちはものすごい偶然!とおどろいていたのですが、そうではなく、普段からブラジル社会にとっては日本語や日本人が身近なのだと、次第に気づき始めました。

話をするにつれ、日本ではなんとも思わなかった当たり前の日本の習慣や考え方が他の国の人とっては特別で、そのことをうまく伝えるのに「書道」はとても役に立ちました。書道は、文字を書くことだけでなく日本人の観念とか概念とか哲学とかそういうもの具現化しているものなんだなと気がついたのです。なんだかとても嬉しくて。自分にできることがあって、そのことで誰から驚いたり新たな発見があることが。

ブラジルがすっかり好きになり、そりゃあ、大変なことや、深刻な問題は挙げればきりがないブラジルですが、あちらから望まれる望まれないに関わらず、私が、好きなんだ。だから、私の「書道」という経験を使ってブラジルに関わっていきたいって思うようになったんです。

だいぶ、要約しましたけど、結構 ”熱い想い” を持って臨んでいますよ。